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このページでは音楽制作エンジニア、葛巻善郎日々の出来事をつづります。

THIS IS IT !

まさかの再アンコール上映も決まってしまいましたが、マイケル・ジャクソンの映画「THIS IS IT」を先月末に観てきました。
この日記などには今まで書いてこなかったけれど、マイケルのことはもちろん尊敬していて、特に「Heal the World」が大好きで、毎日最低2回、多い時は10回以上この曲を聴いています。 そして自分が歌いやすいように Pro Tools 上でキーをちょっと下げたヴァージョンまで持っている僕が、この映画を観ないわけにはいきません(^_^;)
映画についてはみなさん知っていると思うので特に書きませんが、この映画を観ながらいろいろ感じたことを書きたいと思います。

映画館で映画を観るなんてかなり久しぶり、いつの間にかネット上で座席が予約できるようになっているのですね(^_^;) 上映終了間際だったので前の席からスクリーンがやや離れている品川プリンス・シネマに観に行ってきました。 チケット予約完了のメールが届いただけで感無量になり、当日はなぜか予告編の他の映画に感動してしまい胸一杯になりましたが、「THIS IS IT」、もちろん素晴らしい映画ではあったし夢中になって観ましたがこの映画自体では泣けませんでした。

12月

Crazy Love

Riverdance

生きる力のハーモニー

シアトリカル、そして退廃的美学

NumberClub

リボン・マイク

激レア盤初CD化

新しいプラグイン - Tube Saturator

11月

静かなる男

オリジナル段ボール

TSUNAMI MUSIC

Aoyama Folk Ways

NHK スペシャル20周年記念盤

10月

この映画はご存じの通り、今年の夏からロンドンで開催される予定だったマイケルの「THIS IS IT」公演のリハーサル映像がメインです。 僕はリハーサル・ドキュメントが好きなので、それはそれは興味深い映像のオンパレードで2時間があっという間でした。 しかしひたすらに続くリハーサル映像を観ながら、「なぜオルテガさんはこの映画を作ったのだろう」ということを途中から考えていました。 後半からやや趣が変わり、なんとなくその狙いがわかったような気がします。 「この地球上に愛を取り戻すんだ」「あと4年でなんとかしないといけないんだ」、そして最後の方でマイケルが大勢のスタッフ同士が手を繋いだ輪の中でコメントする言葉、これらのマイケルからのメッセージを伝えるための映画だったんじゃないかなぁ。

「50歳とは思えない」「マイケルってあんなに純粋だったのね」「マイケルが全てをコントロールしていてビックリ」「良い曲ばっかり」「コンサートで観たかった」、マイケルを賞賛する声をたくさん聞いてきましたが、それらはどれも今年10月以降、つまりこの映画の上映後からです。
このコンサートの開催発表の記者会見が今年3月にロンドンでありましたが、その様子を伝えるニュースは奇人変人のマイケルが最後に何かやらかす、というような伝え方だったし、ここ日本ではほとんどの人がそう受け止めていたと思います。 この映画を観たことであらためてマイケルの魅力に気付き、ファンになった人も多いのでしょう。 もちろん誤解されたままよりも、彼の魅力を知ってくれた方が良いも決まっていますが、マイケル自身は50年間ずっと純粋なままだったのに、心ない周りの声をそのまま受け止めてしまった、そのことを後悔することもなく今になってようやく大絶賛の拍手、言葉が悪くて申し訳ないけれどあまりの「平和ボケ」にちょっとついていけません(>_<) その大絶賛のコメントや拍手は生前のマイケルに贈られるべきだったし、特に近年彼が苦しい思いをした時に贈ってあげるべきものだったと思うのです。 報道をそのまま受け止めるのが良くない、と言いたいのではなく、周りの声だけにとらわれないで、自分自身の目で耳で、そして心の目で物事や人の真の姿を見極めることが大切だと思うのです。

マイケルの魅力は一言で簡単にまとめて書けるものではありませんが、純粋さが追い求めた完璧なまでの作品の数々はうらやましい限りです。 曲やアレンジ、プロデュースについては後で書くとして、まず書いておきたいのはその詞の素晴らしさです。 わかりやすい言葉と時にあまりきれいではない言葉を使い、そのままその詞を読んでも伝わるような直接的なメッセージが多いのですが、実はその裏にたくさんの別の世界が隠されているような気がします。 言葉そのままではなくちょっと考えてみる、そんな味わい深さがあるのです。
そしてマイケルの曲たちについて、今さら僕がここで語るまでもなく素晴らしいのですが、こうやって文章にすることで自分にとっての確認や戒めにもなると思うので、ここでは僕の一番好きな曲「Heal the World」について書こうと思います。

上の写真が「Heal the World」の波形です。 クリックすると倍くらい大きくなりますよ(^_^;)
この波形を見るだけでもこの曲の素晴らしさがわかります。 イントロはあくまでも序章、歌が入った前半はピークを抑え、大サビに音圧のピークもある、ということがわかります。
マーティ・ペイチ (TOTO のデヴィッド・ペイチのお父さん) のコラージュによるイントロで子供の声やあまりにもリアルな SE を使うのはやや反則気味ではありますが、それだけにこの曲の持つメッセージがよりリアルに伝わってきます。 そしてこの曲ドラムが僕の敬愛するジェフ・ポーカロ、リムやスネアの一発一発に魂が乗り、円熟のプレイが聴けます。 後半の控えめなフィルにも魂がこもっていて素晴らしいです。 後年のマイケルは名プロデューサー クインシー・ジョーンズの元を離れますが、アレンジやプロデュースの手法はほぼそのまま受け継いでいるように思います。 この曲を聴いて思い出したのは作曲を勉強していた学生の頃、友達とよくクインシーの素晴らしさについて語ったことです。 その中で「なぜベースがメロディーと同じリズムをとるのか」という話がありました。 この曲では「Make It a Better Place」という歌詞の「Better Place」の部分でメロディーとベースが同じリズムになります。 この手法はクインシーの名盤「Back on the Block」でよく聴かれるのですが、この狙い・効果がわからず、よく友達と議論したのです。 上と下で同じ動きをすることでより強調する、ということだと思うのですが、普通はそういうことをしないのでこの手法は不思議です。
マイケルの歌はいつだって最高です。 彼のすごいところの一つにその特徴的な歌い方と力の入れ具合があると思います。 優しく歌う部分、大きな声で歌って後でヴォリュームを下げるのではなく、声そのものが小さいです。 つまり、マイケルの声だけでも相当なダイナミクスを感じます。 必然的にアレンジもその声のダイナミクスを活かす作りになるわけですが、改めて言うまでもなく隙間の作り方など、マイケルの声を最高の形で伝える最高のアレンジです。
エンジニア・チームはクインシーと一緒、ミックスがブルース・スウェディン、マスタリングはバーニー・グランドマン、言うまでもなく巨匠のお二人です。 ブルースおじさんの素晴らしさはリアルで自然、相当工夫しているはずなのに、作られた感がないところです。 以前何かの記事で、彼は「プリ・ミックス」という手法をとっている、と読んだことがあります。 これはレコーディングをしながら同時にミックスも進めていき、必要であればどんどんトラックをまとめてしまう、というものです。 DAW 主流の現在と違い、コンソールで作業していた頃はレコーディングとミックスではセッティングが違うので別々の作業であるという認識だったはずですが、ブルースおじさんはレコーディングしながらミックスも進めていっていた、現在の Pro Tools でのやり方はこれに近いですが、それを何十年も前からやっていたのです。そしてこの曲のミックスも嫉妬してしまうくらい完璧です、なんの無駄もなく、何も言うことはありません。 曲のアレンジや演奏で感情を込める、それを形にするのがミックスやマスタリングだと思っていますが、マイケルが考えた演出を見事に形にしています。 後半サビのバックグラウンド・ヴォーカルにゴスペルっぽいクワイアが加わりますが、加わった次の繰り返しからゴスペルのハンド・クラップが入ってきます。 この加わり方があまりにさりげなく、なんとなく聴いているとどこから加わったのかわからないくらい自然です。 しかも前の小節の4拍目から入ってくるというアレンジの王道をミックスでもやっています。 エンディングでマイケルの声と子供の声がクロス・フェードしていくのはあまりにベタなアイディアではありますが、やはり王道で効果的、その他にもあまりにも自然に曲が流れていき、ミックスでやっているであろう数々の手法がまったく気にならない、う〜ん完璧です。
そしてバーニーのマスタリング、ほとんどのメジャー・アーチストのマスタリングはこの人がやっていて「一人勝ち」状態ですが、このバーニーさんの魅力もやはり姿が見えないことだと思います。 カーペンターズのCDを聴けばカレンの声とリチャードの姿しか見えない、マイケルの曲ではマイケルが現れてくれます。 その曲を一番ふさわしい姿に仕上げているのです。 特にここが素晴らしい、というのを感じさせない理想的なマスタリングだと思います。

そんなわけでこの「Heal the World」、マイケルが歌い、ジェフがドラムを叩き、ゴスペル風な曲調で、尊敬する両巨匠がエンジニアリングをしている、僕にとってこれ以上ない最高の曲でありお手本なので、毎日この曲を聴いているのですが、何かを得ようと思ってこの曲を聴きだしても、いつの間にかただのファンになっていて、一緒に歌っている自分に気付きます(^_^;)

映画で僕が印象的だったのは、あれだけの規模のコンサートを、もちろんテクノロジーの力は借りるけれども、基本的には全て人力で行おうとしていたところです。 演奏もほとんど同期は使っていないと思います。
僕がよくこの日記で書く「足し算の奇跡」を、マイケルは最高のスタッフと共に作り上げようとしていたのです。 かっこいいなぁ。


しかし今マイケルは僕たちと同じ地上にはいない、という事実を僕たちはもっと重く受け止めないといけないと思います。 あまりにも多くのことに押しつぶされてしまった、天国でもうゆっくり休んでほしいな、と思います。 そして、マイケルが先人から受け継いだ文化を僕たちにマイケルらしさと共に伝えていたように、誰かが「Heal the World」を歌い継いでいってほしいな、とも思います。


そして僕は、自分が今できる最善のことを常にやっていく、マイケルが言っていたように変わることを恐れず、常にもっと良い方法はないかチャレンジしていかないといけない、さらに言えば、仕事は音楽だけど、その仕事を通じてもっともっと社会や地球のことを考え、小さなことでも何かをしていかないといけない、と思っています。