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このページでは音楽制作エンジニア、葛巻善郎日々の出来事をつづります。

訃報

THE GOOD-BYE のベーシストである加賀八郎さんが遠くへ旅立ってしまいました。

残された3人のメンバー、そしてもちろんご家族や関係者のことを思うと、言葉になりません。
日記のタイトルも、何も思い浮かびませんでした。

僕が子どもの頃、女性では松田聖子さん・中森明菜さん、男性ではたのきんトリオが大人気でした。 このことはあまり良い思い出でないので触れないことが多いですが、両親の偏った教育のおかげで、僕は中三くらいまでプロ野球中継以外のテレビ番組を見ることが出来ず、当時流行っていた「ザ・ベストテン」や「おれたちひょうきん族」をリアルタイムで見たことがありません。 学校でも友達の会話に付いていけませんでした。

レコーディングの仕事をするようになって 20数年、一番長いお付き合いのアーチストさんの一人が THE GOOD-BYE の曾我泰久さんです。 その流れで、10年前には THE GOOD-BYE 再会コンサートのレコーディングを担当しました。
ヨッチャンの大ファンだった小学生時代の同級生を ZEPP TOKYO に招待することが出来、なんだか誇らしく思ったのをよく覚えています。

今までに聴いたことのない音

6月

200V 工事

Guitar Bird

5月

iMac 買い替え

4月

4年に一度

夢で逢えるから

3月

ヴィジオネール

ジャズ・アルバム

2月

新しいヘッドフォン

機材クリーニング

1月

曾我さんは年に数回、うちにレコーディングに来てくれます。 来てすぐ歌うのではなく、30分から1時間くらいお互いの近況を話したりしています。 いつだって曾我さんは THE GOOD-BYE のことやそれぞれのメンバーのことを話してくれました。
僕も少しやっていましたが、バンドってたいへんなんですよ。 家族や恋人よりも長く一緒にいると、いくら仲良くてもいろいろな感情が芽生えてしまうのです。 音楽のことも、それぞれのメンバーのことも好きで好きでたまらないから、衝突してしまうのです。

THE GOOD-BYE はアイドルでありながらクリエイティブな活動をしていた、日本ではかなり珍しい存在のバンドでした。 良い曲がいっぱいありますし、ファンにも愛されていました。 いや、愛され続けています。
加賀さんは個性的で負けん気の強い他のメンバーよりも年上だったため、バンドには欠かせない兄貴分だったようです。

もうみんな大人になり、当時のようにケンカしてしまうことはないとはいえ、加賀さん、あまりにも早すぎますよ、逝ってしまうのが … 。

引き続き僕は曾我さんと毎年のように作品を作っていきますよ。
たまにはこっちの様子も見に来てくださいね。

そして CD 送りますから、天国での住所が決まったら教えてくださいね。