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このページでは音楽制作エンジニア、葛巻善郎日々の出来事をつづります。

SPARTA - Naked

おそらく今年の僕のベスト・マスタリング・ワークのうちの一枚に間違いなく入るであろう、いや、それどころか今後何年も、この作品は僕の代表作です、と胸を張って言えるであろう作品が今月末にリリースされます。
KENSO「SPARTA - Naked」です。

KENSO

日本が世界に誇るプログレッシブ・ロック・バンド!

http://www1.u-netsurf.ne.jp/~kenso/index.html

KENSO はジャンルでいうとプログレッシブ・ロック・バンドです。 そして、若い頃近所の貸レコード屋さんの店長、それから作曲を勉強していた時にお世話になったM先生の影響でプログレが大好きだった僕にとって、
KENSO は特別なバンドでした。 KENSO が他のバンドと大きく違うのは、リーダー清水さんが現役の歯科医であること、そして清水さん以外のメンバーは少しずつ変わっていくのですが、日本の音楽業界を代表するそうそうたるメンバーが参加しているのです。 80年代に LOOK というバンドで一世を風靡した山本治彦さんや、後にユーミンのサポートなどを務める村石雅行さん、僕がお世話になっていたM先生の先輩である佐橋俊彦さんなどが歴代のメンバーとして名を連ねています。 作曲を勉強し、いつか音楽の世界で成功したい、という儚い野望を持っていた僕にとって、きちんと音楽の世界でトップ・レベルにいながら、同時に自分たちの好きなことを情熱をかけてやっている KENSO、そして各メンバーは、僕にとってまさに憧れでした。

新しいコンプ1

The World of DALALA

8月

中世バロック・サウンドと英国ロックの融合

新しいプラグイン

Rhythmatrix

合宿レコーディング

〜私は命をうたいたい〜

7月

ダンスは止まらない

Super Rare Trax

THE CLUB JAZZ DIVA

puff up 第3弾

6月

ルネッサンス

しかし、長いこと頑張って仕事を続けていると、たまには素晴らしいご褒美が天から降ってくるものです。 昨年、親友でもあるシンガー 石井一孝さんのレコーディングの時に、キーボーディストとして参加していたのが現在 KENSO のツイン・キーボードの一人、光田健一さんでした。 光田さんも佐橋さんやM先生同様芸大作曲科卒で、スターダスト・レビューの2代目キーボーディスト、脱退後は小田和正さんのサポート(なんとコーラス!) などを務めていて、やはり僕の憧れの人です。 石井さんのレコーディングは1ヶ月で12曲のレコーディングからマスタリングまでをやるというハードなものだったため、おかげで濃い時間を過ごすことができ、光田さんとも仲良くお付き合いさせていただきました。

その光田さんから今年の春「KENSO」のアルバムをマスタリングしてほしい、という電話を受けたのです! もちろん喜んで快諾し、まだ日程などは決まってないものの、イメージ・トレーニング的にマスタリングの日までのカウント・ダウンのようなことをしていました。 僕のマスタリングのやり方はもう何年も大きくは変わっていませんが、少しずつ変化を加え、またケーブルや DA コンバータなどの周辺機器の使い方も熟知してきたので、そういう意味でも最高のタイミングでこの「SPARTA - Naked」のマスタリングの日を迎えることができました。

この「SPARTA - Naked」、厳密には新譜とは言えませんが、かといってただの旧譜の再発とも違います。 1989年に発表した「SPARTA」、KENSO 中期というか過渡期に発表され、ファンの間では特別な名作という扱いではないようですが、当時はこの年代特有の技術的な限界があり、これを20年後の今年リメイクしてみよう、ということになったそうです。 そして KENSO の作品では、初めてリーダー清水さん以外のメンバーがプロデュースを務めるわけですが、それが当時はメンバーではなかった光田さんなのです。 光田さんもまた KENSOに憧れて加入した経緯があり、最高の愛情を持って、このリメイク作業をしたのだと思います。 まずはリミックスをしよう、ということで当時のアナログ・マルチ・テープからデジタル・データに変換するところから作業は始まります。 音楽的に実は絶頂期にあった KENSO の演奏を細かく分析し、多少の編集をし、テープが劣化し使えなくなっていた部分は光田さんが差し替えたりもしています。 そしてミックス作業もほぼ光田さんが担当、光田さんには素晴らしいエンジニア・チームがいるのですが、この作品のミックスだけはやはり自分がやらないと、と思ったのでしょう。 と、このような経緯で Pro Tools でミックスをしているので、生まれ変わった新しい作品ともいえるわけです。

マスタリングには清水さん、光田さん、そしてエンジニア・チームの一員であるOさんが来てくれました。 そして、このマスタリング作業はしばらく記憶に残るであろう、密度の濃い時間でした。
旧譜でも新譜でも、まずは1曲の音を作り(たいていはオープニング・トラックで)、そして2曲目以降は微調整を繰り返す、もしくはほぼ何もしない、これが僕のマスタリングのやり方です。 今回は2曲目「美深」で音作りをし、いつも僕が使うプラグインとその設定で一度は OK が出ました。 しかし、その設定を1曲目に持っていくと、光田さんとOさんの顔から笑顔が消えます。 「ん〜、なんかイメージと違うなぁ」、確かに元のミックスで作られた最高のバランスが、マスタリング処理後に良くなっているようには聴こえませんでした。 「EQ 的なものを一つずつ外していこうか」ということで一つずつプラグインの EQ を外していった結果、最終的にはすべての EQ が外れました。 EQ といっても、僕の場合はミックスでもマスタリングでもほとんど使わないポリシーがあり、その設定はわずかなものです。 しかし、それでもその EQ を通すことによって、せっかく宿ったエネルギーを失ってしまっていたのです。 作品はアーチストのものです。 エンジニアのこだわりなど、アーチストが命をかけて作ったスピリットの前には、何の意味も持たないのです。 そんなわけで、通常マスタリングのセッションではプラグインを9個並べるのですが、そのうちの4つを取り除き、残った5つのうち2つは MS のエンコーダとデコーダなので、かなりシンプルなセッティングとなりました。 しかし、Pro Tools のセッションに入る前に、api 3124+ や JOMEEK のコンプなどのハードウェアを通して取り込んでいて(これはすべてのマスタリングにおいて同じです)、その部分はうまく機能したと思います。 つまり、光田さんが愛情を注いで作りあげたミックスをほぼそのまま、しかし僕なりのやり方によって暖かい質感と立体感を加えていった結果、全員一致で「これだよ」ということになり、基本線はできあがりました。 その後は1曲ずつ微調整したオートメーションを書いていくことになるのですが、このアルバムでは光田さんとエンジニア・チームの作ったミックスが本当に素晴らしかったので、以降の曲もほとんどそのままでした。 ただ、何曲かハイ・エンドが足りないね、という曲があり、そこで僕が愛用している Abbey Road RS135 で8kHz を1目盛り分だけ追加するとこれがバッチリはまり、その何曲かで RS 135 を追加しただけで、アルバム本編の音は出来上がりました。 そして今回ボーナス・トラックが2曲あり、うち1曲のピアノ・ソロは基本設定のまま、もう1曲のライヴ・テイクは少し手を加え、アルバム全体のマスタリングも無事終わったのです。

光田さんが制作秘話に書いているように、アルバム全曲が聴き応えのある名曲で、そして KENSO の作品の中でおそらく最もポップなサウンドなのでとても聴きやすいです。 なんといっても最初の3曲の流れが素晴らしく、僕は特に2曲目「美深」が大好きです。 この曲は北海道中川郡美深町に実際にある景色をイメージして作られたそうですが、KENSO の演奏によって、確かに景色がそこに見えてくるのです。 このマスタリング作業の約1週間後に光田さんはお仕事で北海道を訪れ、車での移動中に聴いた「美深」は天からの贈り物のように聴こえたそうです。 僕はこの曲を山梨県で聴いてみましたが、やはり素晴らしく、まるで自然界のサウンドトラックのようでした。
あえて音に注目すると、「CDってこんなに音が良いのか」と驚くと思いますが、そんなことよりも1曲1曲の素晴らしさ、1989年にメンバーが閉じ込めた情熱と、光田さんが2009年に愛情を持って加えた情熱とが最高の形でブレンドされ、素晴らしい作品ができました。

CDのライナーでは各メンバーのやはり愛情溢れる解説なども載っています。

音楽のパワーって素晴らしいな、と、この日のことを思い出す度、また出来上がった「SPARTA - Naked」を聴く度に感じます。 そして、最高のチーム・ワークによってこの作品が生まれたこと、その現場の最後の行程に僕が参加できたことを心から誇りに思います。



ぜひ聴いてください!

追記 : 15日にはCD発売記念ライヴが川崎クラブチッタであり、清水さん・光田さんと再会してきました。 広いチッタが満員の観客で埋まり、暖かいライヴでした。